宇賀神光利

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宇賀神 光利(うがじん みつとし、1923年12月18日 - 1967年2月[1])は、日本作曲家。本名は宇賀神 敏道(うがじん としみち)。戦後の日本における童謡運動「新しいこどもの歌」を推進した作曲家グループ「ろばの会」の結成メンバーの一人。父は作曲家・指揮者の宇賀神味津男デブパレードのギタリストugazinは孫にあたる。

東京府出身。音楽家の家系に育ち、国立音楽学校(現:国立音楽大学)本科を卒業。作曲を尾高尚忠諸井三郎に師事した[2]

1950年(昭和25年)、第19回 日本音楽コンクールの作曲部門(第2部・室内楽曲)において、第3位に入賞。この時の1位は一柳慧、2位は中田喜直であった。[3]

1955年(昭和30年)、中田喜直大中恩磯部俶中田一次と共に、子供の生活感覚に即した芸術性の高い童謡を創造することを目指し、作曲家グループ「ろばの会」を結成。NHKの番組『うたのおばさん』や音楽教科書、合唱コンクールのための楽曲を数多く手がけた[4]

1967年(昭和42年)2月、40代半ばの若さで急逝。没後、ろばの会はメンバーを補充することなく4人で活動を継続した[5]

作風・評価

主な作品

脚注

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