宇那木山2号墳
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| 宇那木山2号墳 | |
|---|---|
| 別名 | 宇那木山第2号古墳 |
| 所在地 | 広島県広島市安佐南区緑井 |
| 位置 | 北緯34度28分45.50秒 東経132度28分48.10秒 / 北緯34.4793056度 東経132.4800278度座標: 北緯34度28分45.50秒 東経132度28分48.10秒 / 北緯34.4793056度 東経132.4800278度 |
| 形状 | 前方後円墳 |
| 規模 |
墳丘長40m 高さ3.2m(後円部) |
| 埋葬施設 | 竪穴式石室2基 |
| 出土品 | 銅鏡・鉄製品・土師器・石杵 |
| 築造時期 | 3世紀末 |
| 史跡 | なし |
| 地図 | |
宇那木山2号墳(うなぎやまにごうふん、宇那木山第2号古墳)は、広島県広島市安佐南区緑井にある古墳。形状は前方後円墳。宇那木山古墳群を構成する古墳の1つ。史跡指定はされていない。
広島県西部、太田川下流域西岸の丘陵上(標高約132メートル)に築造された古墳である[1]。2001-2003年(平成13-15年)に発掘調査が実施されている。
墳形は前方部がバチ形に開く前方後円形で、前方部を北西方向に向ける。墳丘の大部分は地山整形によって築造されるが、後円部北側では北石槨の構築に際して盛土がなされる[1]。墳丘外表で葺石・埴輪は確認されていないが、前方部墳頂端部では6本柱の小区画が確認されるとともに二重口縁加飾壺・手焙形土器・鉄鏃・朱付着石杵が採集されており、前方部上における葬送儀礼の事例として注目される。埋葬施設は後円部墳頂における竪穴式石槨(竪穴式石室)2基(中央石槨・北石槨)である。中心埋葬の中央石槨は、当該地域では珍しく床面に粘土床を施す。その北側の北石槨は中央石槨よりも一回り小さく、副次的施設とみられる。副葬品として、中央石槨内からは珠文鏡・鉄製品が、北石槨内からは画文帯神獣鏡が出土している。
築造時期は、古墳時代初頭の3世紀末頃と推定される[2]。墳丘形態や埋葬施設から、当該地域では最古期の畿内型前方後円墳として注目される[3][1]。
遺跡歴
墳丘
埋葬施設
埋葬施設としては、後円部墳頂において竪穴式石槨(竪穴式石室)2基(中央石槨・北石槨)が構築されている。
中央石槨は、後円部墳頂平坦面の中央部に構築された中心埋葬である。石槨主軸は、墳丘主軸と平行する北西-南東方向とする。石槨を納める墓坑は、長さ6.5メートル・幅5.5メートル・深さ2メートルを測る。石槨の内法規模は、長さ3.6メートル・幅1-1.3メートル・高さ1.4メートルを測る。床面には浅いU字形の船底形粘土床が認められ、船底状木棺を据えたとみられる。また床面下では、東墳丘裾方向の排水溝が認められる。石槨内の副葬品としては、東寄りで珠文鏡・鉄槍・鉄短剣が、西寄りで鉄斧・鉇が出土している[3][1][2]。
北石槨は、中央石槨の北側の墳頂平坦面の縁部に構築されている。石槨主軸は、中央石槨と同様の北西-南東方向とするが、中央石槨よりもやや西に振れる。石槨の内法規模は、長さ2.7メートル・幅0.8-1メートル・高さ約1メートルを測り、中央石槨よりも小型である。石槨内の副葬品としては、画文帯神獣鏡が出土している[1]。
出土品
脚注
参考文献
(記事執筆に使用した文献)
- 史跡説明板(広島市緑井財産区議会・広島大学考古学研究室、2006年設置)
- 「宇那木山古墳群」『広島県の地名』平凡社〈日本歴史地名大系35〉、1982年。ISBN 4582490352。
- 刊行後版(ジャパンナレッジ収録)、2006年。
- 古瀬清秀「宇那木山2号古墳の調査を振り返って」『中四研だより』第56号、中国四国前方後円墳研究会、2025年9月30日。
