安東茂季 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 天文9年(1540年)死没 天正7年6月23日(1579年7月16日)別名 重季 凡例安東 茂季時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 天文9年(1540年)死没 天正7年6月23日(1579年7月16日)別名 重季氏族 下国(檜山)安東氏→湊安東氏父母 父:安東舜季、母:安東堯季娘兄弟 愛季、春季(友季)、茂季、季隆、季堅妻 正室:蠣崎季広娘子 通季、湊金十郎、秋田吉五郎、孫十郎政李[1]テンプレートを表示 安東 茂季(あんどう しげすえ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。湊安東氏10代当主。 天文9年(1540年)、安東舜季の三男として誕生。 兄・愛季の安東氏統一に及んで、湊安東氏10代当主の座を継いだ。しかし実質的には、兄の傀儡に過ぎなかったといわれている。 元亀元年(1570年)、豊島玄蕃ら湊城近隣の国人らが第2次湊騒動を起こすが、愛季の加勢により鎮圧。一説にはこの事件後に、秋田郡一帯は愛季の支配下となり、茂季は豊島城に移されたとも伝えられる。 子・通季は、後年に愛季の子・秋田実季に反乱を起こしている(湊合戦)[2]。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 遠藤巌 1999, p. 50-51. ↑ 遠藤巌 1999, p. 50. 参考文献 遠藤巌「<研究ノート>音喜多勝氏所蔵八戸湊文書覚書」『弘前大学國史研究』第107号、弘前大学國史研究会、1999年10月、38-53頁、CRID 1050282677526899584、hdl:10129/3209、ISSN 0287-4318。 Related Articles