安漢将軍 From Wikipedia, the free encyclopedia 安漢将軍(あんかんしょうぐん)は、古代中国の後漢と蜀漢の時代にあった将軍の称号である。いわゆる雑号将軍の一つで、常設ではない。漢を安んじるという意味で、漢王朝が存亡の危機にあった蜀漢で任命された。 安漢将軍の人物 後漢 杜琦 - 永初5年(111年)、反乱時に自称[1]。 蜀漢 糜竺 - 建安24年(219年)任[2] - 建安26年(221年)[3]。 李恢 - 建興3年(225年)任[4]。 李邈 - 建興6年(228年)以前?[5]。 王平 - 建興12年(234年)任[6] - 延熙6年(243年)[7]。 脚注 [1]『後漢書』巻5、安帝紀第5、永初5年6月の李賢注。早稲田文庫『後漢書』本紀2の29頁注7。 [2]『三国志』巻38、蜀書8、許糜孫簡伊秦伝第8、糜竺。ちくま学芸文庫『三国志』5の229-230頁に、「益州を平らげてから安漢將軍を拝する」。劉備の益州平定は建安24年。 [3]『三国志』巻32、蜀書2、先主伝第2に、臣下たちが劉備に即位を求めた中に、安漢将軍糜竺がいる。即位は建安26年。同書の「許糜孫簡伊秦伝」には建安24年の関羽敗死の一年余り後に死んだとあるので、糜竺の死は建安26年。 [4]『三国志』巻43、蜀書13、黄李呂馬王張伝第13、李恢。ちくま学芸文庫『三国志』5の380頁。 [5]『三国志』巻25、蜀書15、鄧張宗楊伝第15の裴松之注が引用する『華陽国志』。ちくま学芸文庫『三国志』5の473頁。 [6]『三国志』巻43、蜀書13、黄李呂馬王張伝第13、王平。ちくま学芸文庫『三国志』5の396頁。 [7]鎮北将軍に任。『三国志』巻43、蜀書13、黄李呂馬王張伝第13、王平。ちくま学芸文庫『三国志』5の396頁。 参考文献 范曄『後漢書』 李賢注、渡邉義浩訳、『後漢書』本紀一、二(早稲田文庫)、早稲田大学出版部、2022年、2023年。 陳寿『三国志』 裴松之注、今鷹真・井波律子・小南一郎訳『正史三国志』1から8(ちくま学芸文庫)、筑摩書房、1992年から1993年。 Related Articles