安田潤司
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パンクドキュメント映画 「ちょっとの雨ならがまん」で'83年映画監督デビュー、以後映画・音楽PV・TV番組・CMなどを監督・撮影・プロデューサー・映画配給、また「ショーイチ」「伝説の雀鬼」(神田たけ志画)など漫画原作、「バンクス青の時代」「牌の音に還る」「スピリチュアルグリーン」「シーソーの真ん中に立つ方法」などの文筆業、インターネットの動画配信、各種メディアコンテンツの広告宣伝、ライブイベントのプロデュースなどをしている。安田映像研究所を主催。
来歴
- 1962年山口県岩国市生まれ、横浜市出身。
- 1982年 横浜放送映画専門学院(のちの日本映画学校/日本映画大学)入学。
- 1983年、卒業制作で当時のパンクインディーズ・シーンを撮ったドキュメント・パンクムービー「ちょっとの雨ならがまん」(出演/町田町蔵/G.I.S.M./ラフィンノーズ/石井聰互ほか)を監督・撮影。「ちょっとの雨ならがまん」は池袋文芸座ほか、全国のロードショーで50000人以上を動員し話題となる。
- 1984年7月池袋文芸座で、安田の「ちょっとの雨ならがまん」と「爆裂都市」(石井聰互)、「闇のカーニバル(山本政志)」、「ノットサティスファイド(太田達也)」などの作品を集めたオールナイトイベント「オールナイト・フィルムGIG」で、入場人員を大きく超えたパンクスやファンが集まり、急遽併設されている映画館を開き、交互にフィルムを廻し上映した。このイベントはその年の文芸座の動員記録を作り話題になる。更に同8月文芸座ル・ピリエで「パンクス青の時代」「GISM」など安田の五本の新作ショートムビーと、「アジアの逆襲(石井聰互)」、「闇のカーニバル(山本政志)」、「無防備教室(諸沢利彦)」、「ノットサティスファイド(太田達也)」、「カスッカスッ(M大坪 / 大坪草次郎)」、「カンカンランラン(塚本雪介)」などを5日間上映した「PUNKS 5DAYS」をプロデュース。
- 同年、映像監督大坪草次郎と音楽映画・映像レーベルP.P.P.projectを設立。
- 1985年伝説のハードコアバンドG.I.S.M.のライブビデオ「Performance」を自らのレーベルP.P.P.projectから発売。以後、G.I.S.M.の映像を次々に発表。1995年に発売された「Gay Individual Social Mean - Subj & Egos, chopped」は日本のみならず世界中で評価されコレクターの間では伝説のビデオになっている。「ギターリスト・ランディー内田の死によりG.I.S.M.は永久凍結(事実上解散)するが、このラストライブが収録されたビデオ「+R, Regicide Reverberation (2002年)」は、オンエアー・ウエストと新宿アンティノックという1日2会場でのライブが2本組みで発売された。中でも新宿アンティノックでのラストライブは、安田が撮影しているたった一台のカメラ映像のみのワンライブ・1カメラで収録されている。
- 1994年、初の長編映画「ファー・イースト・ベイビーズ」を監督。ぴあフィルムフェスティバルの招待作品としてシャンテ日比谷で初公開。その後、吉祥寺バウスシアターでロードショーされた。スイマーズ、頭脳警察のパンタ、トシ、G.I.S.M.のSAKEVI、飴屋法水という知る人ぞ知るキャスト陣が出演。
- 1992年安田が脚本・美術監督を務めたがあまりのカルトさにお蔵入りが決定した映画「LOW DEEN」(監督:ミヤザキマサヤ/出演:スイマーズ/ポール牧/山本リンダ)を1996年に安田がプロデューサーとしてミヤザキマサヤと再編集して仕上げ、ピアフィルムフェスティバル招待作品としてシャンテ日比谷などで上映。
- 1998年、TVK系列民放でオンエアーされた「トーキョー#リミックス」(総監督:諸沢利彦/全12話)で、6話を監督し、残りの6話をカメラマンで参加。7人の若者たちを追いかけたドキュメンタリー形式で始まった番組がいつしかフィクションとドキュメントの狭間を行き来し、最後には総監督である諸沢利彦にスタッフ・キャストが共鳴し東京のリアルを描いた作品。
- 監督デビュー以降、メジャー・インディーズを問わず、数々のライブ・プロモーションビデオを監督する傍ら、Vシネマ、オンエアーなどに演出、撮影、美術監督、脚本などあらゆるパートで参加。NHK衛星の音楽番組「TOKYO DEEP」メインパーソナリティー/DJ KRUSH、マンディ満ちる)を監督。ロンドン・ニューヨーク・インドネシア・カナダ・オランダ・ベルギー・ドイツ・オーストリア・アフリカなど世界30カ国に精力的に渡り、あらゆるジャンルを撮影、監督。
- 1988年~雀鬼・桜井章一に師事、桜井の主催する雀鬼会に参加。のちに雀鬼会選手部長を2007年まで務め、ロングセラーVシネマ「雀鬼」シリーズ27本の闘牌指導、闘牌演出、監修補、脚本を担当。麻雀台本と呼ばれる麻雀シーンのカット割りの詳細が書かれた台本も全て作成。安田の作成した麻雀シーンは100局を超えている。また、「雀鬼」シリーズの裏技やツモ打などの麻雀シーンの手元のアップはほとんどが安田が吹き替えしている。
- 映像以外にも作家(文筆業)として数冊、漫画原作者として数十冊の本も出版。作家としても活動を続けている。
- 2003年に映像監督である諸沢利彦と映像制作会社「有限会社ZERO-SAN(ゼロサン)」を設立(2006年退社)。
- 2010年より人気音楽サイトkampsiteにプロデューサーとして参加。2011年12月26日から12月31日まで下北沢CAVE BEにて一週間ライブとUSTREAMでメッセージを発信するイベント「シフト2012」をプロデュース。遠藤ミチロウ、BAKI(GASTUNK)、ヒロフミ(Eins:vier)、堤晋一(ビバッチェ)、WANIMA、GRIM SPANKYなどが参加し一週間連続の生配信で約20万人もの視聴者をカウントした。
- 2012年3月11日自らが主催する映像と音楽の放送局GAID.tv(ガイド)を設立。3.11に沖縄よりUA、三宅洋平、フライングダッチマンなどが出演した「ティダノワ」、東京CAVE-BEより「元気力発電しよ」、福島よりHINATABOCCOの三ヶ所同時生中継を行った。これまでUSTREAMでライブ中継したバンド数は500以上、1人で4台のカメラを使ったDJスタイルのライブ中継もしている。
- 2014年以降、鹿児島県志布志市をはじめとする地方自治体のPR動画を多数制作、同時にWEBやSNSメディアを利用した自主メディアの設立等をプロデュース。廃屋をリフォームしたスタジオ「多機能型有機実験室S.O.L.」を志布志市に設立し地元クリエーターと映像・イベントなどで実験的なプロジェクトを定期的に開催している。
- 2018年、ハードコアパンク黎明期を記録したデビュー映画「ちょっとの雨ならがまん」(1984年)と長編デビュー作「ファー・イースト・ベイビーズ」(1994年)が新宿K'sシネマをはじめとする全国の映画館で公開され1年間のロングランとなる。同時にポストパンクムービー「オーラ・オーロラ(大坪草次郎 監督 / 出演 あぶらだこ、アレルギー、マダムエドワルダ、サディサッズ)」の公開をプロデュース、新宿K'sシネマで全日SOLD OUTとなる(安田主催のP.P.P.projectとシルバーゼラチンが配給)。
- 同年8月9日人気配信メディアDOMMUNEにて特別番組『JAPANESE HARD CORE PUNK MOVIE / 安田潤司の世界』が配信され話題となる。番組は3部構成となっており、ナビゲーターは宇川直宏、ゲストは第1部ではISHIYA(FORWARD、DEATH SIDE)、第2部では諸沢利彦(映画監督)、大坪草次郎(P.P.P.project)、宙也(アレルギー)、石川成俊、棚橋ナッツ、吉田昌司(シルバーゼラチン)第3部ではツトム(経血 / 悲観レーベル)、Kite(サリドマイド / ホルマリンレコード)。
- 2018年9月11日、G.I.S.M.の未公開映像のみを編集した映画「烈波壊虐音群突入911」(60分)を立川シネマシティで1日限定上映。チケットは即日完売となる。
- 2019年、安田映像研究所を設立。ken yokoyamaにして「もっとも血の通ったフェス」と言わせた鹿児島WALK INN FES!に参加。2020年のコロナ緊急事態宣言下ではWALK INN TV!より30本の無観客ライブを配信。
- 2022年、WALK INN FES!を舞台にした映画「素晴らしき日々も狼狽える」(111分)を完成。出演に横山健(Hi-STANDERD)、TOSHI-LOW(BRAHMAN)、the band apart、OAU、フラワーカンパニーズ、HUSKINGBEE、MOROHA、突然少年、bacho、怒髪天 GFREAKFACTORY、ザ50回転ズ、SHIMA、locofrank、HAWAIIAN6、人性補欠、BACKSKiD、下水丸、その日暮し、Tonto、ARTSなど130を超えるバンドが出演。鹿児島天文館シネマパラダイスでの先行ロードショー後、東京、大阪、名古屋ほかで公開。
- 2024年新宿K's cinemaにて「ちょっとの雨ならがまん公開40周年 安田潤司の映像世界」[1]が開催され、「ちょっとの雨ならがまん」「素晴らしき日々も狼狽える」「ファー・イースト・ベイビーズ」「烈波壊虐音群突入911」「G.I.S.M. Subji & Egos,chopped」「オーラ・オーロラ」(大坪草次郎監督)が3週間に渡って上映され、宇川直宏(DOMMUNE)、宙也(アレルギー)、ZIN(マダムエドワルダ)、TATSU(GASTUNK)、佐藤幸雄(すきすきスウイッチ)、川上啓之(町田町蔵&人民オリンピックショー、swaraga)、モモリン(GAUZE)、HIKO(GAUZE)、相原裕美(映画監督)、諸沢利彦(映画監督)らがトークショーゲストとして登壇した。
- 2025年2月7日、「パンクス青の時代」~『ちょっとの雨ならがまん』1980年代パンクシーンの記憶と記録~ をDU BOOKS(ディスクユニオン)より出版。G.I.S.M.、GAUZEなど1980年代のジャパニーズハードコアパンクから現代までに関わった音楽、映像シーンを身近な視点で描いた自伝的エッセイ。当時のハードコアパンクの表に出なかった情報や著者の体験談が発売直後からSNSで話題となり、初版が売り切れ、同年3月3日に2刷、4月4日に3刷を増刷している。
- 「ゴッドハンド輝」の登場人物、安田潤司院長のモデルでもある。