安田秀一
日本の実業家
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来歴
東京都出身[5]。中学ではバレーボール部。法政二高でアメフト部に入り[6](3年次には主将を務めた)[7]、進学後も、法政大学トマホークスでアメフトを続け、3・4年次には学生日本代表に選出され、4年次には主将を務めた。日本一にはなれなかったが当時最強と言われた日大の連勝記録を59で止める活躍をした[8]。4年次に東京ドームで開催された「アイビーボウル(日本の学生オールスターがアメリカのチームを招いて行う試合)」で日本学生選抜の主将として出場した[9]。 1992年の卒業(文学部日本文学科[10])後、三菱商事に入社。
1996年に三菱商事を退職し、5月8日[11]、株式会社ドームを法政二高以来の盟友・今手義明(大手損害保険会社を退職)と設立し[12][13]、代表取締役に就く[1]。当初はテーピング用品の輸入販売をしつつ、アメフトのプロコーチも務める時期もあった[14]。
同社は、1998年からスポーツブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店にもなった[5]。
2000年 スポーツサプリメントの自社ブランド「DNS」を立ち上げる。
2008年 トップアスリートをソフト面から支えるパフォーマンス開発機関「ドームアスリートハウス(DOME ATHLETE HOUSE 通称:DAH)」を開設。
2014年 12月、ドーム社において読売ジャイアンツとの5年間のパートナーシップ契約を締結[15]。
2015年春には、「950億円で国立競技場を建設し、読売ジャイアンツを東京五輪後に誘致する」という提案をした[16]。
同年10月、新本社屋「有明ヘッドクォーター(有明HQ)」竣工。
同年12月 東日本大震災からの復興や地域活性化を掲げ、いわき市内に物流センター「ドームいわきベース」を建設するとともにサッカークラブの立ち上げを計画。12月11日に「株式会社いわきスポーツクラブ」を設立、同月28日、いわきFCの運営権を一般社団法人いわきスポーツクラブから譲り受けた。
2016年春、自社の物流センター「ドームいわきベース」を竣工。
2016年9月 法政大学トマホークス(現:法政大学オレンジ)監督就任。
同年7月、筑波大学アスレチックデパートメント(AD)設置準備室トップに就任。同時に同大客員教授に就任[4]。