安藤はつ From Wikipedia, the free encyclopedia 安藤はつ 安藤 はつ(あんどう はつ、1912年〈明治45年〉1月20日[1] – 1985年〈昭和60年〉12月4日[1][2])は、政治家、衆議院議員(1期)。旧姓は千[1]。日本初の女性代議士の一人である。 静岡県田方郡韮山村[1](現伊豆の国市)出身。静岡県の教員養成所を卒業後、大見村の国民学校で教鞭を執り、安藤秀雄との結婚により退職した[1]。その後、疎開で長野県に移った[3]。 1946年の第22回衆議院議員総選挙に日本平和党公認で長野県から立候補し当選し、日本初の女性代議士の一人となった[2][4]。その後、国民協同党に移り、1947年の第23回衆議院議員総選挙で落選した[1][2]。 1951年7月23日に有価証券詐欺などの容疑で夫婦ともに起訴され[5]、懲役一年に処された[6]。後年は東京郊外で余生を送り、1985年に死去した[1]。 脚注 1 2 3 4 5 6 7 『新しき明日の来るを信ず』199-201頁。 1 2 3 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』4頁。 ↑ 『新しき明日の来るを信ず』197頁。 ↑ 『新しき明日の来るを信ず』195-199頁。 ↑ 「信毎年鑑 1952年版」国立国会図書館デジタルコレクション ↑ 「戦後信州女性史」国立国会図書館デジタルコレクション 参考文献 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。 岩尾光代著『新しき明日の来るを信ず-はじめての女性代議士たち』(日本放送出版協会、1999年)ISBN 4140804394 Related Articles