安藤正次
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1878年、埼玉県に生まれる。上田萬年に私淑し、神宮皇學館本科を経て、1904年東京帝国大学文科大学選科を修了[1]。同年、神宮皇學館教授となり、1916年に文部省より国語に関する調査を嘱託される[1]。1917年に日本女子大学校教授、1928年台北帝国大学教授[2]。1941年からは同大学総長となり、1945年に辞任して帰国。
1945年には文部省国語審議会会長となって、国語国字問題の解決に尽力し、翌1946年には当用漢字および現代仮名遣いが制定された[1]。同年には国民の国語運動連盟の代表として、首相に憲法の書き方を口語体にするよう求めるなど7項目について建議している[3]。また、国立国語研究所の設立にも奔走した。1946年に東洋大学教授に任じられ、1950年に同大学院長。この間、立正大学・昭和女子大学・法政大学・駒澤大学等の教授を兼任した。
