安達治彦 From Wikipedia, the free encyclopedia 安達 治彦(あだち はるひこ、1939年〈昭和14年〉1月1日[1] - 2000年〈平成12年〉4月12日)は、昭和後期から平成期にかけて活躍したラジオパーソナリティ・タレント。 大阪府大阪市出身[1]。立命館大学卒業[1]。大学在学中にアルバイトで司会を始め、卒業と同時にデビューし、数々の番組に出演した。特に「安達治彦のメモリーズ・オブ・ユー」では、洋楽ファンの人気を受ける。しかし、1992年秋に脳卒中で倒れ、すべての番組を降板。命に別状がなかったものの、半身が不随となり、タレント活動を休止した。 その後、リハビリを経て、1997年「父さんからのクリスマスメッセージ」に出演した。 2000年4月12日に肝臓がんのため死去した。61歳没。 人物 関西では一大勢力を持っていた芸能事務所「ターゲット・プロ」所属のタレント(坂本スミ子、加賀テツヤ、高橋キヨシら)との共演が多かった。 出演していた番組 「安達治彦のメモリーズ・オブ・ユー」(ABCラジオ)[1] 「安達治彦のおはようパートナー」(ABCラジオ) 「歌謡曲ぶっつけ本番」(ABCラジオ)[1] 「日曜スペシャル「父さんからのクリスマスメッセージ」(1997年12月22日放送 一家で出演。ABCラジオ) 「スミ子と歌おう」(MBSラジオ) 「エレキで滑ろうジャンボリーオンアイス」(MBSラジオ) 「安達治彦のじつは今日は日曜日!」(MBSラジオ) 「バンザイ歌謡曲」(ラジオ大阪) 「朝のエバーグリーン」(FM大阪)[1] 「カモン・ポップス」(FM大阪) 「日産ギャラリー土曜スペシャル」(東海ラジオ) 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 6 『DJ名鑑 1987』三才ブックス、1987年2月15日、18頁。 Related Articles