安部井櫟堂 From Wikipedia, the free encyclopedia 安部井 櫟堂(あべい れきどう、男性、文化2年(1805年) – 明治16年(1883年)9月16日)は、近代日本の篆刻家である。 名はカイ?(大+介)、字は大介、号は芥舟。通称音門のちに音人。はじめの姓は岡氏。近江彦根の人。 近江国に生まれたが京都富小路押小路北・南に住む。篆刻の師は不明。明治元年(1868年)、印司に任命される。60代半ばにして明治政府から天皇御璽・大日本国璽の刻印を命じられ1年がかりで明治7年(1874年)に拝刻した。2つの金印は強度を保つため合金製で、櫟堂が繆篆 (びゅうてん)を用いて拝刻して秦藏六が鋳造した。重さは4.5kgあり、現在でも公文書に用いられている。 印譜 『平安名家印譜』(文久元年) 『鉄如意印譜』 出典 この節には参考文献や外部リンクの一覧が含まれていますが、脚注による参照が不十分であるため、情報源が依然不明確です。 適切な位置に脚注を追加して、記事の信頼性向上にご協力ください。(2022年12月) 中井敬所『日本印人伝』(収録『日本の篆刻』中田勇次郎 、二玄社、1966年) 水野恵『日本篆刻物語 はんこの文化史』芸艸堂、2002年ISBN 4753801926 関連項目 日本の篆刻史 日本の篆刻家一覧 小曽根乾堂 Related Articles