今川家臣安部元真の子として誕生。
当初は父・元真と共に今川氏に仕えたが、後に徳川家康の家臣となる。天正5年(1577)武田勝頼の備えとして、家康の指示で遠江国樽山城に父安部元真(大蔵)、三倉久右衛門と共に入城している。[1] 天正11年(1583年)には後北条氏の甲斐国本巣の砦を攻め落とし、翌天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いでも戦功を挙げた。また同年6月の蟹江城合戦では、石川数正と共に前田長種が守る前田城(蟹江城の支城)を攻め、長種を破った。
天正18年(1590年)、家康が関東に移封された際、武蔵国榛沢郡・下野国梁田郡内の5250石の領地を賜った。
慶長5年(1600年)1月2日、大坂において49歳で死去。