完全無欠のロックンローラー
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| 「完全無欠のロックンローラー」 | |||||||
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| アラジン の シングル | |||||||
| 初出アルバム『ALADDIN VS アラジン』 | |||||||
| B面 | 道化師 | ||||||
| リリース | |||||||
| 規格 | シングル盤 | ||||||
| ジャンル |
J-POP コミックソング | ||||||
| レーベル |
AARD-VARK キャニオン・レコード | ||||||
| 作詞・作曲 | 高原茂仁 | ||||||
| チャート最高順位 | |||||||
| アラジン シングル 年表 | |||||||
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「完全無欠のロックンローラー」(かんぜんむけつのロックンローラー)は、アラジンのデビューシングル。1981年11月14日にキャニオン・レコード(現:ポニーキャニオン)から発売された。
アラジンは当時、高原茂仁(現芸名:高原兄)を部長とする名古屋商科大学の学生バンドであった。高原は高校時代からヤマハポピュラーソングコンテスト(通称:ポプコン)に出場しており、名古屋に来てからもポプコンの主催者ヤマハの作曲・編曲教室に通い、春・秋のポプコンに応募し続けた[2]。どういうタイプの曲なら目立つか、とポップス調、フォーク調、バラードと、その時々の流行に合わせて、さまざま試み、ひたすらグランプリ狙いに徹する[2]。
アラジンは高原が大学二年の時、仲間と結成したもので、バンド名の由来は、フォークソング同好会の部室にあった石油ストーブ「アラジンブルーフレームヒーター」から。「完全無欠のロックンローラー」の着想は、「スネークマンショー」からで[2]、「次はこの線で狙える」と本曲を製作し、服装や踊りの研究のため、原宿の竹の子族を何度も見学に行ったという[2]、高原にとって10回目のポプコン挑戦だった本曲で、念願のグランプリを獲得、そのままその曲がファースト・シングルとして採用されてプロデビューした。
TBSテレビ「ザ・ベストテン」には1981年12月17日に「今週のスポットライト」で初出演。その後翌1982年1月21日に第9位で初ランクイン、同年2月18日(第10位)迄通算5週間10位以内に入っていた(最高位は同年2月4日の第5位)[3]。
しかしその後はこの曲のような目立ったヒット曲に恵まれず、後に一発屋と称される音楽バンドになった。詳細はアラジン (バンド)、高原兄、ヤマハポピュラーソングコンテストにも記載あり。
収録曲
(全作詞・作曲: 高原茂仁 、編曲: アラジン)
- 完全無欠のロックンローラー(4:16)
- 道化師