宗重望
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対馬府中藩主・宗義達(重正)の長男として生まれる[1][3][4]。父の死去に伴い、1902年(明治35年)6月7日に伯爵を襲爵した[1][1][5]。
日清戦争時に対馬義勇団を組織[2]。1898年(明治31年)宮内省式部職掌典に就任[2][6]。その他、英照皇太后御一周年祭祭官などを務めた[6]。
1904年(明治37年)7月10日、貴族院伯爵議員に選出され[7][8]、1907年(明治40年)12月18日に辞職した[6][9]。
1923年3月、東京府荏原郡大森町(現大田区)の別邸で死去した[3]。墓所は東京都品川区の養玉院。 実子はなく、父方いとこの武志(実父は黒田和志)を養子にする。
