宝井琴柳

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宝井 琴柳(たからい きんりゅう)は、講談師の名跡。

天保6年(1835年)頃に生まれる[1]。初代宝井琴凌に入門[1]。「河童琴柳」と呼ばれた[1]。1885年、死去[1]

二代目(二代目西尾麟慶)

生年不詳[2]四代目宝井馬琴の弟[2]。1898年、二代目西尾麟慶を襲名したと推定される[2]。1899年頃から、本名の岡田千代太を名乗る[2]。1900年3月29日に死去[2]

三代目

本名は馬場 岩一[3]。1896年12月15日、愛知県葉栗郡生まれ[3]。小学校卒業後、仏具商に奉公する[3]。1920年、上京して四代目宝井馬琴に入門し、琴松と名乗る[3]。のちに三代目琴柳を名乗った[3]。1930年、初代神田山陽の門下となり、琴陽と名乗る[3]。1934年、光陽と改名する[3]。1948年に講談師を廃業するが[3]、1966年に馬場光陽を名乗って復帰する[3]。1976年7月31日、死去[3]

なお、富岡金太郎という三代目琴柳にあたる人物がいたとする説もある[4]。この人物を三代目とすると、四代目琴柳(宮内 政美)は五代目となる[4]

四代目

脚注

外部リンク

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