宝塚歌劇団9期生

From Wikipedia, the free encyclopedia

宝塚歌劇団9期生(たからづかかげきだん9きせい)は、1919年(大正8年)に宝塚歌劇団(当時の名称は宝塚音楽歌劇学校/宝塚少女歌劇団[注釈 1])に入団し、1920年(大正9年)もしくは1921年(大正10年)に初舞台を踏んだ17名を指す[2]。なお1919年に入学したのは16人とされている[3]

一覧

※同じ初舞台グループで分けている[2]

1920年初舞台

さらに見る 芸名, 読み仮名 ...
芸名[2] 読み仮名[2] 誕生日 出身地 出身校 芸名の由来 愛称 役柄 退団年[2] 備考
初舞台の公演演目:1920年3月 第25回公演『毒の花園[4]
秋野たま子 あきの たまこ 1月15日[5] 大阪府大阪市中央区[6] 百人一首 1933年 姪は二代目・秋野たま子
泉蘭子 いずみ らんこ 7月25日 宮城県仙台市 東京家政女学校 百人一首 娘役 1921年 女優・澤蘭子[7]
奥山秋子 おくやま あきこ 大阪府池田市[8] 百人一首 1923年
尾上咲子 おのえ さきこ 東京都千代田区[9] 百人一首 1923年
桂よし子 かつら よしこ 3月7日[5] 京都府京都市[10][9] 百人一首 ささき
オカツさん
男役 1938年 八期生ともされている[11]、後に花柳かつらと改名[11]
門田芦子 かどた あしこ 5月15日[5] 愛知県名古屋市[12] 金城女学校 百人一首 チャマさん 男役 1938年 断髪男役第1号
妹は門野まろや[13]
宝塚歌劇団・音楽学校寄宿舎舎監[14]
兄は宝塚歌劇団理事長・内山信愛[15]。本人は十一期生を自称している[16]
巽寿美子 たつみ すみこ 9月10日[5][17] 兵庫県神戸市須磨区[17][18] 百人一首 ミハラ 男役 1926年に一度退団後、
復帰後、1935年
奈良美也子 なら みやこ 1月1日[5][19] 石川県金沢市 天王寺第一尋常小学校 百人一首 ワァさん
わーちゃん[20]
男役 1939年 宝塚歌劇団日本舞踊指導・花柳禄也[21]。本人は十一期生を自称している[16]。入学時は最高の九十八点を記録した[22]、八期生ともされている[22][11]
春野若子 はるの わかこ 大阪府堺市[23] 百人一首 男役 1926年
松山浪子 まつやま なみこ 新潟県[24] 百人一首 1920年
山川もみぢ やまかわ もみぢ 岡山県岡山市北区[8] 百人一首 1923年
閉じる
さらに見る 芸名, 読み仮名 ...
芸名[2] 読み仮名[2] 誕生日 出身地 出身校 芸名の由来 愛称 役柄 退団年[2] 備考
初舞台の公演演目不明
淡島千鳥 あわしま ちどり 兵庫県伊丹市[25] 百人一首 1928年
松山律子 まつやま りつこ 大阪府大阪市中央区[26] 百人一首 1923年
閉じる

1921年初舞台・初舞台の公演演目不明

さらに見る 芸名, 読み仮名 ...
芸名[2] 読み仮名[2] 誕生日 出身地 出身校 芸名の由来 愛称 役柄 退団年[2] 備考
高篠濱子 たかしの はまこ 奈良県磯城郡田原本町[25] 百人一首 1925年
美山小夜子 みやま さよこ 百人一首 1923年
閉じる
さらに見る 芸名, 読み仮名 ...
芸名[2] 読み仮名[2] 誕生日 出身地 出身校 芸名の由来 愛称 役柄 退団年[2] 備考
小野信夫 おの しのぶ 7月29日[5] 兵庫県三田市[27] 百人一首 男役 1933年
小山幸子 こやま さちこ 岡山県岡山市北区[25] 湊山尋常・高等小学校 百人一首 1925年
閉じる

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI