宝樹院 (常滑市)
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位置
北緯34度53分3.6秒 東経136度50分39.1秒 / 北緯34.884333度 東経136.844194度座標: 北緯34度53分3.6秒 東経136度50分39.1秒 / 北緯34.884333度 東経136.844194度
山号
常光山
宗派
西山浄土宗
| 宝樹院 | |
|---|---|
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| |
| 所在地 | 愛知県常滑市奥条1丁目52 |
| 位置 | 北緯34度53分3.6秒 東経136度50分39.1秒 / 北緯34.884333度 東経136.844194度座標: 北緯34度53分3.6秒 東経136度50分39.1秒 / 北緯34.884333度 東経136.844194度 |
| 山号 | 常光山 |
| 宗派 | 西山浄土宗 |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 創建年 | 大永元年(1521年) |
| 札所等 |
四国直伝弘法67番 法然知多14番 |
| 文化財 | 木造十一面観音立像、木造阿弥陀如来坐像、仏涅槃図(市指定) |
| 法人番号 | 3180005012375 |
宝樹院(ほうじゅいん、寶樹院)は、愛知県常滑市奥条1丁目52にある西山浄土宗の寺院。山号は常光山[1][2]。本尊は阿弥陀如来[1]。四国直伝弘法八十八ヶ所霊場第67番札所[1]。法然上人知多二十五霊場第14番札所[3]。
中世・近世
大永元年(1521年)、正住院7世の空隣守覚上人を開基として創建された[4]。岡部城主の佐治為縄が母(宝樹院)の追善のために建てたものである[5]。
安政元年(1854年)に火災に遭い、薬師堂以外の建物が焼失した[5]。
近代
1909年(明治42年)に住職となった山田顕道は、宝樹院の庫裏を用いて私立常滑幼稚園を設立した[6]。常滑幼稚園は1915年(大正4年)に常滑町に移管されて町営の幼稚園となっている[6]。1925年(大正14年)に四国直伝弘法八十八ヶ所霊場が開設されると、宝樹院は第67番札所となった[1]。なお、南知多町内海の宝樹院(佛光山、浄土宗西山深草派)も四国直伝弘法の札所となっている。
現代
2011年(平成23年)には法然上人知多二十五霊場が開創され、宝樹院は第14番札所となった[7][8]。
境内
- 本堂
- 山門 - 長屋門。江戸時代初期に武家屋敷の門として建てられた。常滑市役所に移築されていた時代もあるが、1982年(昭和57年)に宝樹院に再移築された。
- 行者堂
- 鐘楼
- 六地蔵
- 山門
- 鐘楼
- 梵鐘
- 六地蔵
- ソテツ