宝積寺 (横浜市)
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所在地
横浜市磯子区上町7-13
位置
北緯35度25分28.3秒 東経139度37分32.7秒 / 北緯35.424528度 東経139.625750度座標: 北緯35度25分28.3秒 東経139度37分32.7秒 / 北緯35.424528度 東経139.625750度
山号
明王山
院号
不動院
| 明王山不動院宝積寺 | |
|---|---|
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| 所在地 | 横浜市磯子区上町7-13 |
| 位置 | 北緯35度25分28.3秒 東経139度37分32.7秒 / 北緯35.424528度 東経139.625750度座標: 北緯35度25分28.3秒 東経139度37分32.7秒 / 北緯35.424528度 東経139.625750度 |
| 山号 | 明王山 |
| 院号 | 不動院 |
| 宗派 | 高野山真言宗 |
| 本尊 | 不動明王 |
| 創建年 | 不詳 |
| 中興年 | 1504年 |
| 正式名 | 明王山不動院宝積寺 |
| 札所等 |
横浜市内三十三観音霊場 26番札所 弘法大師二十一ヶ寺 13番札所 新四国東国八十八ヶ所霊場 52番札所 横浜磯子七福神 えびす |
| 公式サイト | 明王山宝積寺 |
| 法人番号 | 2020005000693 |
宝積寺(ほうしゃくじ)は、神奈川県横浜市磯子区上町七番地にある高野山真言宗の寺院。山号は明王山、院号は不動院[1]。本尊は不動明王[1]。
江戸時代中期の火災(後述)で文書類が焼失したため開創の正式な時期は不明であるが、伝聞によると開創は1190年頃、寺号は大宝積経にちなんで名づけられたと伝えられている。『新編武蔵風土記稿』によると、1504年(永正元年)に当時の住職が堂宇を整備して中興した[1]が、その住職の名は不詳である。1558年に住僧の頼順が再興をした[1]が、当時の寺の規模は不明である。白滝不動尊の記録によると、頼順が不動を祀ったのち1620年に神像を建立して、不動を体内に納め、社を立てて根岸村の鎮守にしたとある[2]。
宝積寺が別当兼帯していた神社は白滝不動尊や根岸八幡神社など16社あったが、神仏分離により解かれた[3]。1923年(大正12年)9月1日の関東大震災では、本堂と薬師堂は小規模な被害で済んだが、庫裏は大破した。裏山には杉の巨木があったが、改築資材とするため伐採された[4]。
1978年に、磯子区制50周年を機に横浜磯子七福神ができると、恵比寿の札所となった。毎年元日から1月15日までは七福神巡りの朱印が用意される[5]。
江戸中期の火災の時期については、1934年に本堂を改築した際に、取り壊された建物のほぞに「享保十八年」(1733年)と記されていたことから、それ以前であると推測される[2]。