実叉難陀 From Wikipedia, the free encyclopedia 実叉難陀(じっしゃなんだ、Śikṣānanda、シクシャーナンダ、652年 - 710年)は、西域出身で唐代の中国で活動した訳経僧。パミール高原の北、ホータンの出身。 初め、武則天が、旧訳の華厳経に不備があり、遠くホータンには梵本があることを聞き、使者を派遣して梵本を求めさせ、併せて訳経者も捜させた。そこで、実叉難陀が、証聖元年(695年)に洛陽に来朝し、大偏空寺で訳経を開始した。武則天みずからが序文を音読し、南インド沙門の菩提流志、義浄三蔵や、法蔵とともに、仏授記寺に於いて、80巻本の華厳経として、聖暦2年(699年)に訳経を完了した。その後、前後して19部の訳経を行なった。景雲元年(710年)10月12日、大薦福寺で亡くなった。春秋59。彼の七層の髪塔は、俗に華厳三蔵塔と呼ばれた。 参考文献 「唐洛京大偏空寺實叉難陀傳」(『宋高僧伝』巻2「譯經篇」2) この項目は、仏教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 仏教/ウィキプロジェクト 仏教)。表示編集 典拠管理データベース 全般 FAST ISNI 2 VIAF WorldCat 国立図書館 イスラエル アメリカ 日本 韓国 オランダ その他 IdRef Related Articles