実業之世界
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沿革
『実業之世界』は1905年(明治38年)11月、三田商業研究会により『三田商業界』として創刊された。1908年(明治41年)、野依秀市が『実業之世界』と名称を変更し実業之世界社から再創刊。
『実業之世界』から編集者が分派独立して創刊した雑誌には、石山賢吉創刊のダイヤモンド社『週刊ダイヤモンド』(主幹は元日本銀行営業局長伊藤欽亮)、実業之日本社『実業之日本』[要出典]、『サラリーマン』、『東邦経済』の雑誌がある(1931年調べ)[1]。
『東邦経済』は統制経済論を推進しており、第二次世界大戦中の商工省による商工会議所の日本商工経済会(のち日本経済団体連合会)への改組に寄与した[2]。
『実業之世界』は、1985年5月号で廃刊となった。