実相院 (松平忠光正室) From Wikipedia, the free encyclopedia 実相院(じっそういん、? - 寛永6年(1629年))は、信濃松本藩主・松平康長の次男で嫡子であった松平忠光の正室。父は阿波徳島藩祖・蜂須賀家政。母は家政の側室の女。兄姉には蜂須賀至鎮、即心院(池田由之正室)、阿喜姫(井伊直孝正室)がいる。名は辰(たつ)。 阿波徳島藩祖・蜂須賀家政の四女として生まれる。長じて松平康長の次男・松平忠光の正室となる。忠光との間には、後に上野七日市藩主・前田利意の正室となる娘(二の丸殿)を出産する。 寛永6年3月16日(1629年)、夫である忠光が32歳で死去し、同年に辰も没する。同年7月1日、父である家政は辰の供養のため、丈六寺(徳島県徳島市丈六町)の本堂を再建し、同寺に辰の墓を建てた。法名は実相院殿不見貞心大姉。 参考文献 『蜂須賀家記』 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles