室城
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築城年は定かではないが、永正年間(1504年~1521年) 頃、富永正安の居城であったとされる。富永氏は吉良氏譜代の家臣であり、行康-資正-正安(祐玉)-忠安-忠元と続いた。1535年、松平宗家7代清康は「守山崩れ」で没し、1536年に岡崎城を追われた10歳の松平宗家8代広忠(家康の父)を忠安〔~1561年9月13日〕が匿っている。1560年「桶狭間の戦い」で今川義元が敗れると、独立した松平元康は徐々に三河支配に動き、今川方の東条吉良義昭との対立が深まる。1561年4月、善明堤(鎧ヶ淵)の戦いで元康は配下の松平好景を失い、9月西尾城に酒井正親を置いて、小牧砦・津平砦・朝〔友〕国砦・糟塚砦に計700余騎の軍勢を配して東条城を取り囲んだ。この時、東条吉良氏の重臣であった富永伴五郎忠元は城を守る為、「藤波畷の戦い」で敗れ、戦死した。この後、廃城となる。
