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鷹司兼基

鎌倉時代前期の公卿。近衛基通の四男。正二位・大納言。子に静基(-1259、実相院を創建、園城寺、一身阿闍梨、静忠僧正資、権僧正) From Wikipedia, the free encyclopedia

鷹司 兼基(たかつかさ かねもと)は、鎌倉時代前期の公卿。摂政・近衛基通の三男。官位は正二位・大納言。「室町」とも号したため、この系統の鷹司家は室町家とも称する。

時代 鎌倉時代前期
生誕 文治元年(1185年)
死没 不詳
改名 兼基→顕恵(法名)
概要 凡例鷹司兼基, 時代 ...
 
鷹司兼基
時代 鎌倉時代前期
生誕 文治元年(1185年)
死没 不詳
改名 兼基→顕恵(法名)
別名 鷹司(号)、室町(号)
官位 正二位、大納言
主君 後鳥羽天皇→土御門天皇→順徳天皇→仲恭天皇→後堀河天皇→四条天皇→後嵯峨天皇→後深草天皇
氏族 室町家
父母 父:近衛基通、母:寂舜/最舜法印の娘
兄弟 近衛家実、円忠、近衛道経、兼基、円浄、静忠、藤原基教、円基、仁澄、実信、尊任
子 静基
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経歴

建久8年(1197年)に元服して、従五位上・侍従に任ぜられ、翌年には正五位下に進む。関白であった父の下で急速な出世を遂げ、正治元年(1199年)に従四位下・右近衛中将になると、翌2年には3度の叙階で10月26日には従三位に達した。

建仁2年(1202年)には正三位を経て従二位に叙され、元久元年(1204年)には20歳で権中納言に任ぜられ、続いて翌年には正二位・中納言に任ぜられた。建永元年(1206年)に権大納言、建保3年(1215年)に大納言に任命され、建保6年(1218年)に大納言を辞任する。

寛喜元年(1229年)には子・静基が実相院を創建した。建長3年(1251年)に出家して顕恵と名乗るが、没年は不詳である。

系譜

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