東京生まれ。旧制府立高等学校を経て東京大学第二工学部建築学科卒業。
雑誌「新建築」(1957年のいわゆる「新建築問題」で退職)、雑誌「THE JAPAN ARCHITECT」(新建築社、1956年の創刊時の担当)、雑誌「国際建築」(美術出版社、1968年廃刊)、「建築年鑑」(美術出版社、1969年まで)などを編集する。
その他にも、1956年に大谷幸夫らと五期会を設立、1958年に宮内嘉久編集事務所を開設、1969年にAF(建築戦線)を結成する。1975年4月には、大江宏、前川國男、白井晟一、神代雄一郎、岩本博行、武者英二と同人誌『風声』を創刊(全21号)。前川が死去した1986年7月に、『燎』(かがりび)に名前を変更(宮内嘉久編集事務所編、INAXから発行、1995年まで全26号(風声と通巻で全47号))。1969年多摩美術大学教授として現代建築を教えた。[1]
2009年12月13日、脳梗塞のため死去[2]。83歳没。