宮坂建設工業
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前身となる宮坂組は長野県から渡道した宮坂寿美雄によって1922年に創業した[2]。その後、北海道で土木・建築分野の事業を展開してきた[3]。
太平洋戦争期の1942年(昭和17年)に施行された企業整備令[4]により、北海道では請負高が年間50万円以下の業者は統合され、請負高が50万円以上の業者は個人業者として存続すると定められた。これにより道内の約1,000社近くいた業者が93社に統合・再編されたが(1945年(昭和20年)に終了)[5]、宮坂組はこの整理を生き残った[6]。
太平洋戦争終戦後から1951年(昭和26年)に北海道開発局帯広開発建設部が設置されるまでの間、萩原組(現・萩原建設工業)、栗林組(現・栗林建設)とともに、「出入り業者の三羽烏」や「土木業界の三羽烏」と呼ばれることもあった[7]。
帝国データバンクによる十勝管内建設業売上高調査では2005年以来、首位を保っており、「北海道屈指の総合建設会社」と評される[3][8]。
また、2024年度の道内主要発注3機関における業者別受注実績でも1位となっている[9][10]。
日本建設業連合会の会員企業である[11]。
沿革
- 1922年(大正11年) - 創業、初代宮坂寿美雄により宮坂組を設立。鶴間組東北海道出張所長を兼務。
- 1936年(昭和11年) - 組織変更、宮坂組を設立。
- 1942年(昭和17年) - 札幌営業所開設。
- 1944年(昭和19年) - 法人化、株式会社宮坂組を設立。
- 1948年(昭和23年) - 商号変更、宮坂建設工業株式会社に変更。
- 1965年(昭和40年) - 釧路営業所開設。札幌営業所を支店に昇格。
- 1975年(昭和50年) - 三代目社長に宮坂文一就任。
- 1993年(平成5年) - 四代目社長に宮坂寿文就任、宮坂文一は会長に就任[13]。
- 2004年(平成16年) - 札幌支店を現在地に移転。
- 2012年(平成24年) - 東京支店を開設。
- 2017年(平成29年) - 札幌支店を支社に昇格。
歴代社長
事業所
主な施工実績
参考文献
- 『浦幌村五十年沿革史:自明治33年至昭和24年』、浦幌村、1949年
- 『拓聖依田勉三伝』、拓聖依田勉三伝刊行会、1969年
- 『ふるさと百年 : 十勝風土記』、十勝毎日出版社、1969年
- 『中標津町史』、中標津町、1981年
- 『あかだも:豊頃よもやま話作品集』、豊頃町、1991年
- 『帯広建設業協会100年史』、帯広建設業協会、2016年