宮本易孝 From Wikipedia, the free encyclopedia 生年月日 1850年1月6日出生地 鳥取県西伯郡中浜村大字小篠津(現境港市小篠津町)没年月日 (1912-05-22) 1912年5月22日(62歳没)当選回数 2回 日本の政治家宮本 易孝みやもと やすたか 生年月日 1850年1月6日出生地 鳥取県西伯郡中浜村大字小篠津(現境港市小篠津町)没年月日 (1912-05-22) 1912年5月22日(62歳没) 中浜村会議員当選回数 2回在任期間 1889年 - 第2代中浜村長在任期間 1897年12月 - 1905年12月 郡会議員テンプレートを表示 宮本 易孝(みやもと やすたか、嘉永3年1月6日(1850年2月17日) - 明治45年(1912年)5月22日)は日本の政治家。中浜村長(第2代)、村会議員、郡会議員。西伯郡町村長代表を務めるほどの実力者村長だった[1]。 小篠津村(現鳥取県境港市小篠津町)の豪農宮本家に生まれる[1]。易孝の父宗久は茶人として知られる一方、明治初期の戸長職も務めた[1]。 明治30年(1897年)12月、第2代中浜村長に就任した[1]。 明治31年(1898年)小篠津村字茶苑畑に7棟86坪の避病舎を建築したのをはじめ、農友会を組織して産業の改良発達や風紀の改善につとめた[2]。退任後郡会議員として活躍したが、2期目の在職中に没した[2]。 参考文献 『境港市史 上巻』(1986年、編集・発行境港市、555 - 556頁) 脚注 1 2 3 4 『境港市史 上巻』 555頁 1 2 『境港市史 上巻』 556頁 外部リンク とっとりデジタルコレクション--宮本易孝 Related Articles