宮津エネルギー研究所
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宮津エネルギー研究所 | |
| 種類 | 火力発電所 |
| 電気事業者 | 関西電力 |
| 所在地 |
京都府宮津市小田宿野1001 |
| 北緯35度33分27.2秒 東経135度15分21.4秒 / 北緯35.557556度 東経135.255944度座標: 北緯35度33分27.2秒 東経135度15分21.4秒 / 北緯35.557556度 東経135.255944度 | |
1号機 | |
| 発電方式 | 汽力発電 |
| 出力 | 37.5万 kW |
| 燃料 | 重油、原油 |
| 営業運転開始日 | 1989年8月4日 |
2号機 | |
| 発電方式 | 汽力発電 |
| 出力 | 37.5万 kW |
| 燃料 | 重油、原油 |
| 営業運転開始日 | 1989年12月 |
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公式サイト:宮津エネルギー研究所 | |
宮津エネルギー研究所(みやづエネルギーけんきゅうじょ)は、京都府宮津市小田宿野1001にあった関西電力の石油火力発電所。
運転開始
もともと京都府宮津市には出力1.3万kWの宮津発電所があったが、宮津発電所は1966年(昭和41年)に閉鎖された[1]。1973年(昭和48年)には出力6万kWの宮津ガスタービン発電所が建設され[1]、同年9月21日に1号機、9月27日に2号機がぞれぞれ運転を開始した[2]。
1977年(昭和52年)には蜷川虎三京都府知事がエネルギー研究所の建設を構想し、1985年(昭和60年)10月30日に宮津エネルギー研究所が着工した[3][1]。当初の計画では大煙突の高さを200メートルとする予定だったが、傘松公園からの天橋立股のぞきの際に邪魔にならないように、計画を縮小して198メートルとした経緯がある[1]。
1989年(平成元年)8月に1号機が運転を開始し、同年12月には2号機も運転を開始した[4]。1号機と2号機の2つが建設されている。なお、1号機と同じ1989年(平成元年)8月には宮津エネルギー研究所の敷地内に、水族館とPR施設の役割を併せ持つ宮津エネルギー研究所PR館(後の丹後魚っ知館)が開館している[5]。
運転停止と廃止
中長期的な需給状況や経済性を踏まえて、2002年(平成14年)には1号機の稼働を停止し、2004年(平成16年)には2号機の稼働も停止した[4]。
稼働しない状態が20年近くも続いていたが、2023年(令和5年)5月31日をもって1号機と2号機を廃止した[4]。なお、同年5月30日には丹後魚っ知館も閉館した[6][7]。跡地には関西電力によって、2028年度(令和10年度)を目途に企業誘致エリアが整備される予定である[4]。