宮津純一郎
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東京都出身。東京大学工学部電気工学科を卒業し、1958年(昭和33年)、日本電信電話公社に入社。施設畑を経験し技術系に精通する。総裁室企画室次長を経て、民営化後のNTTで、経営企画本部経営計画部長、ネットワーク事業本部長、ネットワーク高度化推進本部長を歴任。1992年(平成4年)副社長付に昇格。1996年(平成8年)6月、第4代 日本電信電話株式会社社長に就任する。
社長就任時は、Windows 95の発売を発端としたITバブルの最盛期であり、ダイヤルアップ接続サービスの“OCN”を始めるなど通信網のデジタル化戦略を打ち出し「もはや電話屋ではない。」と収益構造の転換を図った。
一方当時、政府はNTT分割問題について1995年に検討して結論を出すとしており、先送りをはかった結論の期限が迫っていた。このことから、分割反対であった前社長の児島と、分割を求める郵政省とで激しく対立。宮津は、この問題に譲歩する形で、純粋持株会社の下に、東、西、長距離の4分割案に合意した。宮津は、NTTの完全分割(資本分離)については否定的で、「人員削減をはじめとしたグループの合理化策を進めるには、グループ全体のメリットを考える必要がある」とした上で反対を明言した。
独特な「べらんめえ」な語り口調で、誰にでも気さくに接し、社内だけにとどまらず政官財界にも広くファンが多かった。
1990年代末期、ISDNによる定額制インターネット料金に関し、「高すぎる」と批判したソニー社長(当時)の出井伸之との舌戦で注目された(その後2000年代初めにADSLの普及と価格競争により低廉化が進んだ)。
2002年(平成14年)、社長を退任し、2004年(平成16年)まで相談役を勤めた。現在は、NTTを退職後、2006年3月から社団法人 電気通信協会の会長を務めた。2013年11月、旭日大綬章を受章[1]。
脚注
- ↑ “秋の叙勲 旭日大綬章に御手洗氏、日枝氏ら”. SankeiBiz (2013年11月4日). 2019年11月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年2月7日閲覧。
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