宮田博行
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墨東ジム(現在は閉鎖)に所属し、1984年5月17日の小林仁戦でプロデビュー。3回KO勝利で飾る。
「天才現役高校生ボクサー」と呼ばれライトフライ級で全日本新人王決定戦を制した。
将来を嘱望されたが、網膜剥離のため1987年に20歳で引退を余儀なくされる。最終戦績は15戦12勝(5KO)1敗2分。
引退後は宮田ジム・スポーツクラブを設立。300人もの練習生を抱える大きなジムとなり、全日本新人王も輩出。さらに内藤大助を世界王座へと導いた。
現役当時所属していた墨東ジムにはまともなリングさえも無く(狭いため正方形でなく、手作り)、まるで「あしたのジョー」に出てくる丹下ジムのような建物であった。暗い雰囲気の練習生の中で宮田だけは明るく、一礼しながら「押忍!」と大きな声で挨拶をし、周りを明るくする存在であった。