家なき幼稚園
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1922年(大正11年)、大阪府池田市で始められた。きっかけになったのは、前年1921年、勤務していた大阪毎日新聞社からヨーロッパ出張を命じられ、その帰国の途中、シンガポールで病気になり、帰国後3か月間自宅療養を余儀なくされた時、自分の9人の子どもと一緒に明け暮れするうちに、学齢前の幼児が、おとなと一日一緒にいることは、子どもにとって犠牲を要求されることがあまりに多い、それは決して好ましいことではないという考えに至ったから。ドイツで見た「ハウスレス・キンダーガルテン」もヒントになった。そこで、大阪毎日新聞社の社長・本山彦一に相談。声援だけでなく、物質的な援助も約束されて、翌年春、住まいのある池田市室町の一帯に「家なき幼稚園設立趣意書」を配布して園児を募った。
子どもは子ども同士の世界に住まわせ、家という建物の枠から開放して、自然の中で育てるのが何よりの幸福であると思いついた。 子ども同士の世界の中で、子ども自身が、自覚、自省、自衛、互助、娯楽する世界を提供するというのがその主旨である[1]。
当時の池田市室町周辺200戸のうち、60人の入園希望者を集めて開園した。幼稚園の名前は、当初「自然幼稚園」、「野の幼稚園」という候補もあった[2]。