密田良太郎
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富山県出身[1]。密田清蔵の長男として生まれる。1911年に東京帝国大学工科大学電気工学科を卒業し、同年逓信省電気試験所に入所した[1][2]。1913年に逓信局の技師となった[1][2]。1914年にアメリカとイギリスに留学した[1][2]。1917年12月6日に「水銀避雷器」の特許が発明者を密田、特許権者を逓信大臣(田健治郎)として出願されている[4]。
1919年に電気試験所の第三部長となり、1920年に工学博士となった[1][2]。同年には、宮内省内匠寮嘱託員となった[1][2]。1921年から早稲田大学教授を兼務した[1][2]。1931年には宮内省御用掛を務め、1935年には電気試験所の所長を務めた[1][2]。1939年に照明学会の会長を務めた[1][2]。
