富士田千蔵

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富士田 千蔵(ふじたや せんぞう)は、長唄唄方の名跡。代々長唄富士田家家元。

宝暦7年(1757年) - 文政6年12月9日1824年1月9日))

江戸の生まれ、俳名は楓郷。初代富士田吉治の子。富士田藤次郎と称した。1794年11月に桐座で千蔵となる。1798年に江戸市村座立唄。父親譲りの美声で鳴らした。「大原女」「越後獅子」等を初演。

没年月日は12月15日とも。

2代目

(生年不詳 - 安政6年9月13日1859年10月8日))

陸奥の生まれ、初代千蔵の高弟の門弟。富士田千太郎、2代目富士田新蔵を経て1832年中村座で2代目千蔵を襲名。

3代目

(生年不詳 - 明治18年(1885年))

静岡の生まれとも、文政中頃に江戸に出て2代目千蔵の門弟となり、新次郎、勇蔵を経て安政年間に3代目千蔵を襲名。

後久七に譲り故郷へ帰った。

4代目

生没年不詳)本名は村田久七。

駿河国静岡(現在の静岡県)の商人宿豊島屋の主人、3代目千蔵の門弟で3代目没の1885年に4代目千蔵を襲名。

後に富士田千翁を名乗る。渾名(あだな)を本名から「村久」。

5代目

(生没年不詳)本名は内田幸次郎。

駿河国藤枝(現在の静岡県)の生まれ、3代目千蔵の門弟。実弟は三味線方の富士田澄次郎。4代目が富士田千翁になるにあたり5代目千蔵を襲名。渾名を「鍛治屋幸次郎」。

6代目

7代目

11代目

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