富小路資直
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中務丞を経て、文明16年(1484年)六位蔵人兼左近衛将監に任官し、永正3年(1506年)従五位下に叙爵する。のち、永正9年(1512年)正五位下、永正12年(1515年)従四位下、永正16年(1519年)従四位上、大永2年(1522年)正四位下と昇進する傍らで、石見守・弾正少弼を務めた。大永6年(1526年)父に続いて従三位に任ぜられ公卿に列す。また、資直は昇殿を許され、富小路家は堂上家に加わった。
三条西実隆・公条父子に重用されて活動し、歌合の判や古典の書写を行うとともに、十市遠忠・岩山道堅とも交際があった。歌集に『従三位資直卿百首』があり、和歌作品は『百首部類』や実隆の私家集『雪玉集』などに採録されている。蹴鞠・医学にも通じたほか、地方を旅することも多く、天文4年(1535年)に完成した紀行文『資直越前紀行』が現在に伝わっている。