寛正の法難 From Wikipedia, the free encyclopedia 寛正の法難(かんしょうのほうなん)は、室町時代の1465年にあたる寛正6年正月、蓮如が寺務職を務めていた東山大谷本願寺を比叡山の山徒が破却した事件。 『私要鈔』によると11日に本願寺を襲撃、破却したとされる。山徒たちの出動日については史料によって異同があり、『私要鈔』では11日、『由来記』[1]では10日とされている[2][3]。 脚注 [1]“歴史散歩・蓮如忌法要”. 2026年8月10日閲覧。 “法住の馬場道場は本福寺となり、法住以後の歴代の住持も本願寺の維持に力を尽くした。親鸞絵像などの宝物や歴代住職の記録である『本福寺跡書』『由来記』など貴重な史料が多く残る。” [2]『念仏のこころ : 蓮如と本願寺教団 (よみうりカラームックシリーズ)』読売新聞社、1991年4月、41-42頁。https://dl.ndl.go.jp/pid/13254972/1/21。 [3]竜谷大学 編『蓮如上人研究』百華苑、1948年、291-292頁。https://dl.ndl.go.jp/pid/2966398/1/154。 参考文献 蓮如上人研究 念仏のこころ : 蓮如と本願寺教団 (よみうりカラームックシリーズ) Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks