寝屋古墳
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位置
北緯34度45分42.53秒 東経135度39分18.95秒 / 北緯34.7618139度 東経135.6552639度座標: 北緯34度45分42.53秒 東経135度39分18.95秒 / 北緯34.7618139度 東経135.6552639度
形状
円墳
規模
直径22m
高さ5m
高さ5m
| 寝屋古墳 | |
|---|---|
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墳丘・石室開口部 | |
| 所在地 |
大阪府寝屋川市寝屋2370-1[1] (寝屋川公園内) |
| 位置 | 北緯34度45分42.53秒 東経135度39分18.95秒 / 北緯34.7618139度 東経135.6552639度座標: 北緯34度45分42.53秒 東経135度39分18.95秒 / 北緯34.7618139度 東経135.6552639度 |
| 形状 | 円墳 |
| 規模 |
直径22m 高さ5m |
| 埋葬施設 | 横穴式石室 |
| 出土品 | 須恵器 |
| 築造時期 | 6世紀末-7世紀初頭 |
| 史跡 | 大阪府指定史跡「寝屋古墳」 |
| 地図 | |
大阪府北東部、打上川北岸の丘陵南斜面に築造された古墳である。これまでに墳丘は大きく削平を受けているほか、1978年(昭和53年)・1991・1992年(平成3・4年)に調査が実施されている[2]。
墳形は円形で、直径約22メートル・高さ約5メートルを測る[2]。墳丘表面で葺石・埴輪は検出されていない[2]。また墳丘周囲では北側で幅3メートルの周濠が認められる[3]。埋葬施設は横穴式石室で、南方に開口する[2]。石室全長約10メートルを測る大型石室で、北河内地域では最大規模になるが、現在までに多量の土砂が堆積して石材の多くも失われている[2]。出土品としては調査の際に検出された須恵器片(坏1)のみがある[4]。
この寝屋古墳は、古墳時代後期の6世紀末葉-7世紀初頭[2](または6世紀後半[3])頃の築造と推定される。北河内地域では最大規模の横穴式石室を有するとともに、付近に古墳を伴わない単独墳として有力首長の存在を示す点で重要視される古墳になる[4]。
遺跡歴
埋葬施設
文化財
大阪府指定文化財
- 史跡
- 寝屋古墳 - 1993年(平成5年)11月24日指定[5]。
