寺内 (豊中市)
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概要
豊中市中部東側の、吹田市側に突き出した地域である。国土地理院の衛生写真を見ると、1960年代まで田畑の点在する山林であったことが分かる。戦前から新興住宅地として開発されていた近隣の吹田市千里山よりも開発が遅く、かつ若竹町や江坂町のように古くからの集落もない地域であった。本格的に開発されたのは1970年の大阪万博前後であり、北大阪急行の延伸に伴い急速に宅地化が進み、現在地区内に田畑や山林はほとんどない。
地区の西端から北端西寄りにかけては大阪府道134号熊野大阪線によって服部緑地と接し、地区の北端中央部から、東端、及び南端にかけては吹田市と接する。地区内中央部には新御堂筋、及び北大阪急行電鉄が南北に走っており、寺内一丁目・二丁目地区と東寺内町地区を分断している。
寺内一丁目は寺内地区西部の南北に細長い地区であり、中高層の集合住宅が多く集積するほか、一丁目地区南端には服部緑地都市緑化植物園や観音寺が位置する。寺内二丁目は寺内地区中央部の南北に伸びた地区であり、集合住宅のほか、駿台予備学校大阪校や駿台観光&外語ビジネス専門学校などの駿台グループ関連施設が点在する。二丁目地区南部には寺内地区の小学校として豊中市立寺内小学校が設置されている。また、寺内二丁目地区から東寺内町にかけての新御堂筋沿いにかけては、幹線道路のロードサイド型店舗が複数出店しているほか、東寺内町に設置されている緑地公園駅周辺は、同駅直結の駅ビルでもある緑地駅ビルを中核として、スーパーマーケットや書店、飲食店などの商業施設が見られる。
東寺内町は寺内地区のうち、新御堂筋より東に位置する地区であり、吹田市千里山地区と住宅地内で接している。豊中・吹田市境において、住宅地が完全に連続しているのはここだけである。集合住宅や戸建住宅などが密集するほか、北部には豊中市上水道局寺内配水池がある。また篤友会の千里山病院は、吹田市の地名を冠しているが東寺内町内にある。
歴史
由来
寺内という地名だが、日本で中世以来発達した寺内町の性質はなく、近代までほとんど集落と呼べるものがなかった地区である。また現在、地区内に目立った寺院もない。郷土史『小曽根百年』の「大字寺内と若竹町」には、地名からは寺内と石蓮寺村(現在の若竹町)のあたりに大きな寺があったことが偲ばれ、市も住吉神社の西のあたりを白鳳時代の石蓮寺跡として史跡に指定し標識を立てたとある。また『寺内みてあるき』(寺内小学校PTA作成)の「寺内の今と昔」には、現在の若竹町1丁目に天竺山石蓮寺(別名千軒寺)があり、寺内小学校西側にある岸龍山観音寺もその坊舎のひとつであったと思われるとの記載があるほか、白鳳時代のものと思われる平瓦や石仏が寺内遺跡から出土したことに触れている[5]。このように何らかの寺院の寺領であったと推測されるが、史料に乏しく確証はない。
世帯数と人口
校区
事業所
主な施設
- 警察
- 大阪府警察豊中署 寺内交番
- 教育機関
- 中央工学校OSAKA
- 豊中市立寺内小学校
- 駿台予備学校大阪校
- 駿台観光&外語ビジネス専門学校
- 郵便
- 豊中寺内郵便局
- 交通機関
- 北大阪急行電鉄南北線緑地公園駅
- 阪急バス緑地公園駅
- 阪急バス寺内一丁目
- 医療機関
- 篤友会千里山病院