寺島直 From Wikipedia, the free encyclopedia 寺島 直(てらじま なおし、1837年6月1日(天保8年4月28日)- 1910年(明治43年)6月29日)は、幕末の武士、維新の志士。明治時代の官吏、法律家、判事。位階および勲等は従三位・勲二等。 下総国香取郡小見川(現在の千葉県香取市)に小見川藩士の寺島彦三郎の子として生まれる。儒学者の並木栗水の螟蛉塾に学ぶ。後に京都に出て、梅田雲浜などと尊王攘夷論者として国事に奔走し、禁錮刑となった。 1870年に本保県(現在の福井県)の逮部伍長に任じられた。1871年に敦賀県参事となった。1877年に判事となり、東京上等裁判所や宮城県上等裁判所の判事、熊本裁判所長、大審院評定官を歴任し、1884年に大審院判事となり、勲六等単光旭日章を賜った。41歳でフランス語やオランダ語、スペイン語、ドイツ語を修め、フランスの法律家ギュスターヴ・エミール・ボアソナードとともに日本民法の編纂に従事した。1898年に大審院部長判事に任命され、官位および勲等が従四位勲三等となる。1899年に民事第2部長となる。その後会計検査官、懲戒裁判所予備判事官、判検事登用試験委員長、弁護士試験委員などを務めた[1]。 多くの名判決を生んだことで、1907年の退職にあたってはそれを惜しんだ東京弁護士会より留任の運動があったといわれる。また刀剣の鑑定家としても知られた[2]。明治43年6月29日薨去。享年74。墓所は染井霊園に設けられたが、後に故郷小見川の金剛寺に改葬された。墓所傍らにある父母の回忌記念碑は、官吏の藤本周三が揮毫している。 家族 妻 ひで(千葉県平民の篠塚久右衞門の次女)天保11年11月 - 1907年7月26日 男 静 明治15年5月生 女 民 明治22年3月生 男 安 明治23年4月生 男 潜 明治27年3月生 男 宏 明治37年4月生 女 とみ 明治29年8月生 女 ちか 明治35年9月生 女 せい(千葉県平民の寺島竹次郎の養子)明治2年8月生 女 ふみ(千葉県平民の寺島せいの養子)明治15年5月生[3] 孫 五三郎 弟 亀太(小見川の眼鏡商)1866年 - 1943年8月14日 脚注 ↑ コトバンク 寺島直 ↑ 国立国会図書館 近代日本人の肖像 寺島直 ↑ 人事興信録初版 Related Articles