寺本光照
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幼き頃より鉄道に興味を示し、義務教育在籍中から鉄道写真を撮影するようになり、また並行して鉄道雑誌に投稿したり、鉄道の歴史を研究する活動を行っていた。趣味活動対象は主に日本国有鉄道(国鉄、なかでも旧大阪鉄道管理局や天王寺鉄道管理局管内を中心とした関西地区関連)・JRグループ(特に地元のアーバンネットワーク関連)であるが、近畿日本鉄道(近鉄)や京阪電気鉄道(京阪)や南海電気鉄道(南海)などの大手私鉄関連も行っている。
甲南大学法学部を卒業後、大阪府教育委員会の小学校教諭として採用される。大阪府内の公立小学校で地方公務員として勤務の傍ら、鉄道雑誌で鉄道に関する各種(特に優等列車の歴史)の記事を寄稿したり、各種書籍を執筆したりした。
2010年3月、小学校教諭を定年退職。最後の勤務先は八尾市立南山本小学校であった。定年退職後も引き続き鉄道雑誌への寄稿や書籍の執筆を行っている。また、鉄道関連の講演会を開催することもある[5]。
日本国有鉄道の急行列車のうち、通常の急行列車で使用される車両と比較して設備の劣る車両を使用した急行列車に対して遜色急行との呼称を一般的にした人物として知られている。