寺田十三夫
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1960年代後半
大学時代にアマチュアバンド「ザ・ビー・メン」のリードギタリストとして活動。当時の様子が、雑誌『ヤングミュージック』の1968年9月号にも掲載された。
1971年
MGMレコードの日本人アーチスト(シンガーソングライター)第1号としてシングル「一人になると」でメジャーデビュー。ロサンゼルスMGMスタジオにてレコーディング。[1]
1972年〜1974年
アルバム「信天翁(アホウドリ)」「雨上がりの街」「寺田十三夫と信天翁」をポリドール・レコード(MGMレコード)から順次リリース。アルバムには柳田ヒロ、田中清、武部秀明、市原宏祐、ブラウン・ライス、後藤次利らが参加。
1974年
タワー・オブ・パワー来日公演のオープニング・アクトを担当。[1]
1976年〜1977年
柳ジョージ・近田春夫・泉谷しげるのバンドメンバーらと「アルバトロス」を結成、ワーナー・パイオニアレコードよりアルバム「アルバトロス」をリリース。 同1977年、ゲスト・ヴォーカルに柳ジョージを迎え、アルバム「ダイレクトカット・アルバトロス」をリリース。同1977年、アルバトロスwith柳ジョージとして『TAKE ONE』をリリース。[2]
1982年
徳間音工(現・徳間ジャパンコミュニケーションズ)に日本初のロック・レーベルとして存在したBOURBON RECORDSから、その後THE ALFEE、安全地帯、杏里らの楽曲に英語の歌詞を提供する作詞家として活躍することになるリンダ・ヘンリックとのユニット「(OASIS)」を結成し、アルバム「(OASIS)」をリリース。
1978年〜1990年
作曲家、編曲家、スタジオ・ミュージシャン(ギタリスト)として早見優や渋谷哲平らへの楽曲提供を行う。
1990年〜2006年
北九州スペースワールドのメインショー及び季節イベント・ショーやパレードの音楽制作に従事する。
2001年
アルバム「信天翁(アホウドリ)」「雨上がりの街」「寺田十三夫と信天翁」をウルトラヴァイブよりCD化再リリース。 タワーレコード制作によるシリーズ「喫茶ロック」ユニバーサル編に「旅に出よう」 が収録される。
2005年
アルバム『ONE STEP FESTIVAL・CD』に1974年に郡山市で行われたロックコンサート『郡山ワンステップフェスティバル』 での演奏が収録される。
ディスコグラフィー
ソロ
シングル
アルバム
- 信天翁(アホウドリ)(1972年、ポリドール・MGMレコード、MM-2502)
- 雨上がりの街(1973年、ポリドール・MGMレコード)
- 寺田十三夫と信天翁(1974年、ポリドール・MGMレコード)
- バル☆ボラ(1997、TAKE OFF レーベル)
- Flight Of The Soul(2005年、ULTRA-VYBEレーベル、SOSE-5021)
- Dahlia(2013年11月20日、Viva Label、AITT-131106)
- Songs Again(2013年11月20日、Viva Label、AITT-131120)
アルバトロス名義
シングル
- コロンの香り/地図のない空へ(1976年10月25日、ワーナー・パイオニアレコード・エレクトラ、L-46E)
アルバム
- アルバトロス(1976年10月25日、ワーナー・パイオニアレコード・エレクトラ、L-10053E)
- ダイレクトカット・アルバトロス(1977年、ワーナー・パイオニアレコード・エレクトラ、L-13001P)
陸前高田観光物産協会
- やなせたかしCD(2011年)- 「陸前高田の松の木」編曲を担当