寺田登 From Wikipedia, the free encyclopedia 獲得メダル 1956年頃撮影 競泳 金1936男子 1500m自由形 寺田 登(てらだ のぼる、1917年(大正6年)11月25日 - 1986年(昭和61年)9月26日)は、日本の水泳選手。静岡県磐田郡福島村中島(現磐田市福田中島)出身。慶應義塾大学出身。1936年ベルリンオリンピック1500m自由形で金メダルを獲得した。 静岡見付中(現在の静岡県立磐田南高等学校)から慶應義塾大学に進学。 1936年ベルリンオリンピック競泳男子1500m自由形に出場し金メダルを獲得した。 引退後は慶應義塾大学水泳部監督などの要職を歴任した。なお、結婚後は伊藤姓を名乗った。1986年、68歳で没した。 エピソード 水泳選手には珍しい、筋肉質のずんぐりした体形であった。 小学校時代に見にいった水泳大会で、人数が足りないからと飛び入り出場し1位になったのが縁で競泳と出会う。 ベルリンオリンピック前の選考会で寺田は鵜藤俊平(立教大学)に敗れ、本番も鵜藤のペースメーカーのつもりだったが「1000メートル過ぎても出てこないので、そのまま行った。」という無心の優勝だった。 外部リンク 寺田登 - オリンピックチャンネル 寺田登 - Olympedia (英語) 寺田登 - Sports-Reference.com (Olympics) のアーカイブ (英語) 寺田登 - 世界水泳連盟 (英語) 寺田登 - 国際水泳殿堂 (英語) 寺田登-無心の19歳、水のマラソン制す(SANSPO.com) 表話編歴 競泳男子1500m自由形 オリンピック金メダリスト 1904 : 1マイル 1904: エーミール・ラウシュ (GER) 1906: ヘンリー・テイラー (GBR) 1908: ヘンリー・テイラー (GBR) 1912: ジョージ・ホジソン (CAN) 1920: ノーマン・ロス (USA) 1924: アンドリュー・チャールトン (AUS) 1928: アーネ・ボルグ (SWE) 1932: 北村久寿雄 (JPN) 1936: 寺田登 (JPN) 1948: ジェームス・マクレーン (USA) 1952: フォード・コンノ (USA) 1956: マレー・ローズ (AUS) 1960: ジョン・コンラッズ (AUS) 1964: ロバート・ウィンドル (AUS) 1968: マイク・バートン (USA) 1972: マイク・バートン (USA) 1976: ブライアン・グッデル (USA) 1980: ウラジミール・サルニコフ (URS) 1984: マイケル・オブライエン (USA) 1988: ウラジミール・サルニコフ (URS) 1992: キーレン・パーキンス (AUS) 1996: キーレン・パーキンス (AUS) 2000: グラント・ハケット (AUS) 2004: グラント・ハケット (AUS) 2008: ウサマ・メルーリ (TUN) 2012: 孫楊 (CHN) 2016: グレゴリオ・パルトリニエリ (ITA) 2020: ロバート・フィンケ (USA) 2024: ロバート・フィンケ (USA) 表話編歴競泳日本代表 - 1936 ベルリンオリンピック男子 伊藤三郎 鵜藤俊平 吉田喜一 根上博 児島泰彦 寺田登 小池禮三 新井茂雄 清川正二 (主将) 石原田愿 田口正治 牧野正蔵 遊佐正憲 葉室鐵夫 杉浦重雄 宮崎康二 新間六炳 鶴岡榮 田中一男 永見達明 本田惣一郎 明文一 女子 守岡初子 小島一枝 前畑秀子 (主将) 竹村令 壷井宇乃子 古田つね子 松村昶子 この項目は、水泳選手(飛込競技選手・アーティスティックスイミング選手・水球選手を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:スポーツ/PJスポーツ人物伝)。表示編集 Related Articles