小串鉱山
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国
日本
座標北緯36度36分10秒 東経138度27分30秒 / 北緯36.60278度 東経138.45833度座標: 北緯36度36分10秒 東経138度27分30秒 / 北緯36.60278度 東経138.45833度
産出物硫黄
| 小串鉱山 | |
|---|---|
小串硫黄鉱山跡を毛無峠から望む | |
| 所在地 | |
| 所在地 | |
| 国 | |
| 座標 | 北緯36度36分10秒 東経138度27分30秒 / 北緯36.60278度 東経138.45833度座標: 北緯36度36分10秒 東経138度27分30秒 / 北緯36.60278度 東経138.45833度 |
| 生産 | |
| 産出物 | 硫黄 |
| 歴史 | |
| 開山 | 1929年 |
| 採掘期間 | 1929年 - 1937年 1938年 - 1971年 |
| 閉山 | 1971年 |
| 所有者 | |
| 企業 | 北海道硫黄株式会社 |
| 取得時期 | 1929年 |
| プロジェクト:地球科学/Portal:地球科学 | |
小串鉱山(おぐしこうざん)は、かつて群馬県吾妻郡嬬恋村干俣に所在した硫黄鉱山。群馬県と長野県の県境にある毛無峠の南東斜面にあった[1]。万座川の支流である不動川の源流付近に所在し、標高約1600mの高所に所在した[1]。
日本で2番目に大きな硫黄鉱山であった。1929年(昭和4年)より北海道硫黄株式会社(三井財閥)によって硫黄採掘を開始した[2]が、1937年(昭和12年)に山津波が発生し(後述)、245人の死者が出るなど甚大な被害がとなった。その後操業を再開したが、石油精製過程で生じる低コストな回収硫黄が急増し硫黄価格が下落したことなどから、1971年(昭和46年)に閉山した[1](「硫黄#日本の硫黄史」も参照)。かつてこの地域には、最盛期には2,000人を超える人々が暮らしていた。
