小人の肖像
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| スペイン語: Retrato de un bufón 英語: Portrait of a Dwarf | |
| 作者 | フアン・バン・デル・アメン |
|---|---|
| 製作年 | 1626年 |
| 種類 | キャンバス上に油彩 |
| 寸法 | 122.5 cm × 87 cm (48.2 in × 34 in) |
| 所蔵 | プラド美術館、マドリード |
『小人の肖像』(こびとのしょうぞう、西: Retrato de enano, 英: Portrait of a Dwarf)、または『道化の肖像』(どうけのしょうぞう、西: Retrato de un bufón, 英: Portrait of Buffon)は、17世紀スペイン・バロック期の画家フアン・バン・デル・アメンが1626年にキャンバス上に油彩で描いた絵画で、静物画家として知られる彼の優れた肖像画の作例である[1][2]。1986年にバルセロナのベルトラン財団 (Fundación Bertrán) からプラド美術館友の会 (Fundación Amigos del Museo del Prado) を通じて寄贈されて以来[1][3]、マドリードのプラド美術館に所蔵されている[1][2][3]。
ヨーロッパ宮廷において、エナーノ (小人) を含め「慰めの人々」(オンブレ・デ・プラセール、西: Hombres de placer) と称される人々を王室や貴族が召し抱える習慣は中世に始まった。その後16世紀から17世紀には定着し、フランス革命まで続いたといわれる。スペイン・ハプスブルク王家では、カール5世の時代からこの習慣が定着していた[3]。
1563年から1700年までの間にスペイン宮廷に仕えていた「慰めの人々」は123人を数える。彼らは宮廷の人々の気分を紛らわせるのが仕事であり、その身体的特徴や機知に富んだ会話で人々を楽しませていた[3]。彼らは身体的、知的に一般とは異なった存在とみなされ、その不完全性が健常者の健全性を明確にすると考えられていた。エナーノの「醜」は普通の人たちの「美」を表わすもので、彼らの「愚かしさ」は宮廷人の「節度」と対極をなすものと見られたのである。また、キリスト教的な解釈では、神の創造した世界すべてを神から委ねられていた国王たる者は、神の意志によって存在するすべての者に慈悲をもって接しなければならないと考えられていた[3]。
作品

本作は、衣服の綿密な描写や感触の再現などでアロンソ・サンチェス・コエリョが確立したスペイン宮廷肖像画の伝統に従っている[2]。特に優れたエナーノの単独肖像画と評価されるこの作品のモデルが誰であったかを決定づける記録はない[3]が、一般に1626年という制作年から考えると、1621-1626年にスペイン宮廷にいたエナーノのバルトリリョ (Bartolillo) であることが示唆される[1][3]。彼は、イングランドのチャールズ1世が皇太子時代にスペインを訪れ、エル・エスコリアル修道院に滞在した折に召使として仕えた人物である[3]。

彼は緑色のビロードに金ボタンのついた豪華な衣装に身を包み、金鎖を斜めにかけ、左手でサーベルの柄をつかみ、右手に支配者のアトリビュート (人物を特定する事物) である指揮棒を持っている[1][3]。これは、人物の地位にはふさわしくない[1]、典型的な宮廷貴族のいでたちである[3]。彼の頭部はがっちりした大人の顔で、身長に比して異常に大きい。また手足は太く短く、外側へ湾曲している。その身体は無理やりに豪華な宮廷服に押し込まれている感じを与え、短く曲がった手足が目立つことで身体的な特異性が強調されている。さらに全身像として描かれていることで、頭部の大きさがいっそう顕著となり、奇異な印象が際立つ[3]。しかし、自信に満ちた表情と高貴な容貌を持つ[2]人物はしっかりとした眼差しを鑑賞者に向けて、その存在を誇示しているかのようである[3]。
この肖像画は、アロンソ・サンチェス・コエリョの『王女イサベル・クララ・エウヘニアとマグダレーナ・ルイス』 (プラド美術館) のように、モデルの主人とともに描かれ、主人の完全性を際立たせるための不完全な存在としては表現されていない。単独で描かれたエナーノの肖像画であるという点において、後にベラスケスが描くことになる一連のエナーノの肖像画の先駆といえる作品である[3]。