小倉山城 (安芸国)

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別名 小蔵山城、紅葉山城、小倉城
城郭構造 連郭式山城
天守構造 なし
築城主 吉川経見
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小倉山城
広島県
本丸より安芸大朝の夕暮
本丸より安芸大朝の夕暮
別名 小蔵山城、紅葉山城、小倉城
城郭構造 連郭式山城
天守構造 なし
築城主 吉川経見
築城年 南北朝時代末期
主な城主 吉川氏
廃城年 天文19年(1550年
遺構 曲輪、礎石、空堀
指定文化財 国の史跡
位置 北緯34度46分14.2秒 東経132度29分49.1秒 / 北緯34.770611度 東経132.496972度 / 34.770611; 132.496972
地図
小倉山城の位置(広島県内)
小倉山城
小倉山城
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小倉山城(おぐらやまじょう)は、広島県山県郡北広島町新庄字小倉山にあった日本の城)。吉川氏の居城で、別称で小蔵山城・紅葉山城・小倉城とも言われる。城跡は国の史跡に指定されている。

正和2年(1313年)、吉川経高駿河国吉川邑から安芸国大朝庄に移住し当初は駿河丸城を居城にしていたが、南北朝末期に吉川経見が近隣に小倉山城を築いた。以後「鬼吉川」と呼ばれた安芸吉川氏の拠点として栄えた。毛利元就の正室である妙玖吉川国経の娘)も、ここ小倉山城で誕生している。

吉川元春天文19年(1550年)に日野山城を築き、居城を移すと小倉山城はその役割を終えた。

建築物はないものの現在も多くの遺構が残っており、昭和61年(1986年8月28日に吉川氏にかかわる六遺跡が「吉川氏城館跡」として史跡指定され、平成9年(1997年)には三遺跡が追加指定された[1]

現地情報

脚注

関連項目

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