小出隆 From Wikipedia, the free encyclopedia 小出 隆(こいで たかし、1896年 <明治29年> 8月21日 - 1982年 <昭和57年> 12月11日)は、日本の経営者。八十二銀行頭取を務めた。位階は従四位。 長野県更級郡稲荷山町(現・千曲市)出身[1][2]。旧制長野中学(長野県長野高等学校)を経て、1918年に早稲田大学商学部を卒業し、同年に六十三銀行(のちの八十二銀行)に入行[2]。1937年に常務を経て、1951年2月に頭取に就任[2]。1973年5月には会長に就任[2]。1973年5月に会長を経て、1975年12月に相談役に就任[2]。信越化学工業監査役も務めた[2] 1957年に黄綬褒章を受章し、1966年に勲四等瑞宝章を受章し、1975年4月に勲三等旭日中綬章を受章[2]。 1982年12月11日急性呼吸不全のために死去[3]。86歳没。死没日付をもって従四位に叙された[4]。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 「長野県人名鑑」p.193 1 2 3 4 5 6 7 人事興信所 1981, こ14頁. ↑ 1982年 12月11日 日本経済新聞 夕刊 p7 ↑ 昭和57年 1982年12月22日付 官報 本紙 第16769号 9頁 参考文献 人事興信所 編『人事興信録 第31版 上』人事興信所、1981年。 『長野県人名鑑』信濃毎日新聞社 1974年 先代飯島正一 八十二銀行頭取第5代:1951年 - 1973年 次代黒沢三郎 Related Articles