小原啓渡
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舞台照明技術者時代(1980年代-1990年代)
宝塚歌劇団や劇団四季、歌舞伎公演(中座・南座・松竹座)など、幅広い現場で舞台照明技術者として経験を積んだ[1]。1992年から1998年まで、日仏共同プロジェクト「MATOMA」のテクニカルディレクターを務め[5]、年間3-4ヶ月のヨーロッパツアーを中心とした活動を行った。1994年「MATOMANOMA」[6]、1998年「Danse de l'automne」[7]でアビニョン演劇祭に参加している。
プロデューサー転向以降(1999年-)
1999年、元・毎日新聞京都支局の近代建築にて「アートコンプレックス1928」を立ち上げ、プロデューサーに転向[8]。
2004年に京都で「三条あかり景色」をプロデュースし、ビル壁面やシャッターをスクリーンに見立てた映像上映によるプロジェクションマッピングを開始[9][10]。同年、名村造船所跡地で30年計画のアートプロジェクト「NAMURA ART MEETING '04-'34」を開始し[11][12]、これが後のクリエイティブセンター大阪の基盤となった[12]。
2006年には指定管理者として大阪市立芸術創造館の管理運営を開始し、館長に就任[13]。2009年には大阪府府民文化部参与に就任[14]し、同年、NPO法人ライブエンターテインメント推進協議会を設立、理事長に就任した[4]。
主要プロジェクト
劇場プロデュースの他、文化支援ファンドの設立や造船所跡地をアートスペース「クリエイティブセンター大阪」に再生するなど、芸術環境の整備に関わる活動を行っている。
2012年4月からノンバーバルシアター『ギア-GEAR-』のロングラン公演をプロデュース。2025年9月11日に通算5000回公演を達成した[17]。
2007年から開催していた300種類のワークショップを集めた「300DOORS」フェスティバルでは、これまで2万2千人以上が受講した[18]。「水都大阪2009」でのラバーダックプロジェクト[19]などの実績もある。
詳細はギア-GEAR-、ART COMPLEXグループを参照。