東京出身[2]。旧制成城高等学校卒業[2]。戦前、フィリピンの聖トマス大学に留学し[2]、同大学民族学科卒業[1]。
1941年にフィリピンから帰国、南洋協会に勤務[1]。1942年に応召、フィリピン軍政部付となったが、病気のため1945年5月帰還[1]。
戦後ジャーナリストとなり、1960年の安保闘争以後渡米、各地の戦略研究所などを歩いて軍事問題を研究[1]。また、1958年からベトナム、アメリカ、カナダなどを視察[1]。
1965年『ヴェトナム戦争:このおそるべき真実』(講談社)を出版、ベストセラーになった。墓所は冨士霊園の文学者の墓。