小山恭輔
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東京都東久留米市生まれ[3]。中学2年生の時に脳梗塞となり、右半身を麻痺[4]。東京都立清瀬高等学校に進学後から本格的に水泳を始め[5]、日本社会事業大学社会福祉学部福祉援助学科卒業[6]。学生時代は東京ラッコに所属して水泳を続ける[7]。大学卒業後は日鉄住金パイプライン&エンジニアリングに入社[8]。
2008年、初出場の北京パラリンピックにおいて50mバタフライで銀メダルを獲得[9]。2012年のロンドンパラリンピックでは同じく50mバタフライで銅メダルを獲得[10]。しかし金メダルをかけて望んだ2016年のリオデジャネイロパラリンピック50mバタフライでは5位に終わった[11]。また50メートル自由形でも出場したが予選敗退となった[12]。