小島克典
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- 1992年3月 - 日本大学第三高等学校卒業
- 1997年3月 - 日本大学芸術学部文芸学科卒業
- 1997年4月 - 株式会社横浜ベイスターズ入社
- 2002年3月 - サンフランシスコ・ジャイアンツ入社
- 2003年1月 - ニューヨーク・メッツ入社
- 2004年6月 - プロ野球への新規参入を目指すライブドアベースボールのGM就任[1], 株式会社ライブドア入社
- 2006年9月 - 立命館大学経営学部客員教授に着任
- 2009年4月 - 尚美学園大学総合政策学部准教授に着任
- 2013年4月 - 一般社団法人スポーツカルチャーラボ設立
略歴
- 中学時代は全日本なわとび選手権で優勝。高校時代は日大三高野球部で活躍。ただし甲子園出場は果たせず。
- 大学在学中、アトランタ五輪に野球日本代表チームの通訳として参加。卒業時に学長賞を受賞し、NPB(セントラル・リーグ)の横浜ベイスターズに入社した。
- 横浜ベイスターズ時代は、通訳、広報、ファーム(イースタン・リーグ)事業部を担当。1997年 - 1998年に在籍したパット・マホームズの通訳や[2]、その息子であるパトリック(当時2歳[3]、後にプロアメリカンフットボール選手として活躍)のベビーシッターも務めていた[2]。
- 2002年に入社したMLBのサンフランシスコ・ジャイアンツ(ナショナルリーグ西地区)では、通訳兼ビデオコーチとして新庄剛志に同伴し、ワールドシリーズに出場。翌2003年、新庄の移籍に伴いニューヨーク・メッツ(ナショナルリーグ東地区)へ移籍。
- 帰国後、立命館大学経営学部客員教授となった。
- 実務家教員として尚美学園大学総合政策学部の准教授となった。
- 総合学園ヒューマンアカデミー横浜校ではスポーツマネジメント講座の講師を務めている。
- スポーツカルチャーラボでは「ゆるすぽweb」を運用している。