小川三夫

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小川 三夫(おがわ みつお、1947年 - )は、日本宮大工、寺社建築専門の建設会社「鵤工舎」の創設者。宮大工西岡常一の唯一の内弟子。

栃木県矢板市出身、栃木県立氏家高等学校卒業[1]

高校2年生の時に修学旅行で訪れた奈良・法隆寺の五重塔を見上げた時、1300年も前のものだと教えられ、そんな昔にどうやってこのような大きな木を運び上げたのかと感心し、自分も造ってみたいとの思いに駆られた。銀行員の父親にその思いを話すと「川を遡るようなものだ。苦しいだけで周りの景色を見る余裕もない人生だぞ」と反対され、勘当同様に家を飛び出した。法隆寺の建立責任者である棟梁の家系にあった西岡常一を探し当て、「こんな仕事をやっても嫁さんはもらえないぞ、飯も食えないぞ。やめておきなさい。それに18歳だと年齢的にもう遅いし、仕事もない」と一度は断られたものの[2]、長野で仏壇作りの修行を経て、やっとの思いで21歳で西岡棟梁の唯一の内弟子となる[3][4][5]

生前西岡は小川を評して「たった一人の弟子であるけれども、私の魂を受け継いでくれてると思います」と述べている[6]法輪寺三重塔、薬師寺金堂、薬師寺西塔(三重塔)の再建に副棟梁として活躍。

1997年徒弟制を基礎とした寺社建築専門の建設会社「鵤工舎」を設立[7]

弟子の育成とともに、国土安穏寺国泰寺(高岡市)ほか全国各地の寺院の改修、再建、新築等にあたる。

2003年には、「現代の名工」に選ばれた[8]

著書

外部リンク

脚注

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