小川内潤
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闘龍門の8期生(同期は近藤修司、菅原拓也、高木省吾らがいる)としてメキシコへ渡り、T2Pのメンバーとして2001年5月18日に対近藤修司戦でデビュー。T2Pメンバーとして闘龍門JAPANの巡業に帯同してTARUとのシングルで対戦。敗れはしたものの、TARUや他のCRAZY-MAXのメンバーから健闘を評価される。しかし、ケガで欠場中にT2Pは解散してしまう。そのため、T2PのメンバーはJAPANに編入されて復帰した小川内はCIMAらにC-MAXへ勧誘されてT2Pを解散に追い込んだJAPAN勢を逆恨みしていたことから一旦はを拒否するが、最終的にC-MAXへ加入してリングネームをJUNへ改名する。その後は同期のライバルである近藤らと抗争を行い将来を嘱望されていたものの椎間板ヘルニアを患い欠場、2004年に引退する。
引退後はDRAGON GATEには追随せず、Dragondoorでリングアナウンサーとして復帰、ライブドア問題を受けて団体がプロレスリングElDoradoとなった後は海賊船長のギミックでリングアナウンサーを務める。
2009年10月20日プロレスリングSECRET BASE新木場1stRING大会で復帰して約5年ぶりとは思えないキープされた肉体と動きを披露。その後、SECRET BASEで本格的に現役復帰。復帰以降は九州在住となっており、SECRET BASEには限定的な参戦となっている[1]。