小杉敏之
From Wikipedia, the free encyclopedia
選手時代
1992年、名古屋グランパスエイト創設と同時に入団。主にサイドバックとして活躍した。1996年にブランメル仙台(現・ベガルタ仙台)に移籍、1997年引退。
引退後、仙台からサッカー指導者としてクラブに残ることを提案されたが、名古屋在籍時に中日新聞社から出向していた広報担当者に引退後のキャリアのひとつとして「新聞記者」への転身を勧められていたことがきっかけとなり、アルバイト契約で中日新聞社に入社。当初は社会部に所属した。
記者時代
社会部所属ながら、1998年のワールドカップフランス大会では小杉による日本代表戦観戦記が運動面に掲載された。その後、運動部へ異動し、サッカーおよびアマチュアスポーツを担当。サッカー取材班キャップとして日本代表戦やJリーグを取材。ヨーロッパ総局(ロンドン)、教育報道部などを経て、2024年12月現在『月刊グラン』編集長を務める。
所属クラブ
- 暁星高等学校
- 同志社大学
- 1992年-1995年 名古屋グランパスエイト
- 1996年-1997年 ブランメル仙台